●試行錯誤して辿り着いた技法「デジタル版画」
- 私は武蔵野美術大学で版画を学びました。もとは油絵を学んでいたのですが、油絵は1点ものなのに対し、版画はより多くの人々に鑑賞してもらえることに魅力を感じ、転向しました。
学生のときは、木版画、銅版画、リトグラフ、シルクスクリーンと制作を続けました。しかし、自分の表現したい結果が得られませんでした。試行錯誤を繰り返し、失敗の連続でした。
そんななか2007年の秋頃に、手描きの原画をフォトショップで加工して和紙にプリントしても版画なのではないかと思いあたりました。デジタル技法であっても立派な版画と考えました。そして制作した最初のデジタル版画6作品のうちの2つが下の作品です。
(左/Plant_1、右/Plant_2、ともに2008年制作) ●アメリカでは1991年に「デジタル版画(ジークレー版画)」が誕生
- すでにアメリカでは1991年7月、ロサンジェルスのナッシュ・エディションという版画工房で、世界初のデジタルプリントアート(Giclee=ジークレー=フランス語で噴射)が生まれていました。この工房のオーナーのグラハム・ナッシュは、有名なロックグループ、クロスビー、スティルス&ナッシュのメンバーで、音楽で得た莫大な資産で、美術館クオリティのデジタルプリントの開発を成し遂げたのでした。
その後、アメリカでは“デジタル版画(ジークレー)は高い芸術”という認識が浸透し、現在ではデジタル版画がオークションで数百万円以上で落札することもあるほどです。 ●日本では、まだまだ認知されていない「デジタル版画」
- かたや日本では、デジタルは味気ないとか、従来の手わざの版画には劣る、といった見方をずっとされています。
日本とアメリカの考えの違いを物語るエピソードがあります。
ニューヨークのPACEギャラリーのマーティンさんというスタッフが日本で講演をしたときに、思い切って質問をしてみました。「デジタル版画は、従来の手わざの版画に劣ると思いますか?」と。
すると、マーティンさんは「芸術の真価は、描かれている内容であって、描く技法ではないので、デジタルか手わざかは問題とはならないですよ」と優しく即答してくださいました。 ●芸術は、技法ではなく内容に意義がある
- マーティンさんの言葉から、「デジタル版画」が果たす使命を見出しました。
技術の高さ=芸術性の高さ、という図式を打破し、欧米の「芸術の真価は、描かれている内容であって、描く技法や技術ではない」という価値観をもっと拡めたい、と考えたのです。 ●世界最高水準の版画用紙…アワガミファクトリーとの出会い
- 「デジタル版画(ジークレー版画)」は、あくまでも高品質用紙に刷られた「版画」です。そして、作家が1枚1枚サインを入れる“1点もの”であり、且つ“同じ表現内容が複数枚存在する”のです。
私の「デジタル版画」は、 ●着彩=『100〜150年の耐久性を持つ、最上位顔料インク』
●用紙=『200年以上の耐久性を持つ、阿波和紙』
という、美術館収蔵規準をクリアする高品質な材料を使用しています。
この「阿波和紙」を製作しているアワガミファクトリーさんに出会えた事は、私にとって大変な幸運でした。
(上の2作品は、左/Plant_D1=アワガミ国際ミニプリント展入選、右/Plant_D2=賞候補、2015年制作)- また、アメリカのデジタルプリント関連用品サプライヤーのエリック・ジョセフさんにお会いして、オススメのデジタル版画用紙を尋ねたところ、なんと「アワガミ」はトリプルAで、世界最高水準だと太鼓判を押してくれました。
●「デジタル版画」として初めて手応えを感じられた個展
- 私は過去3回「デジタル版画」の個展をしています。
1回目(2008年)は、作品内容は評価をいただいたものの、多くの方々から「デジタルで無ければ、もっと良かったのに」といったご意見をいただき、心中複雑でした。
2回目(2011年)も、同様なご意見をいただき、果たして日本で「デジタル版画」に前途はあるのだろうかと悩みました。
そんなわけで3回目の個展には決意に時間がかかり、4年後の2015年7月に“挑む”ような気持ちで取り組みました。
「デジタルで無ければ...」といったご意見は減り、逆に「色の階調が繊細」「色が深く艶やか」といった賛辞が増えました。
私は、やはり「デジタル版画」を続けたい、拡めたい、楽しみたい、と決意を新たにしました。 ●スペイン・カダケスへの想い
- こうして10年近く「デジタル版画」を制作し続けるうちに、作風も鮮やかで躍動的なテイストに向かい、その甲斐あってか、ピカソやダリを輩出した色彩の国スペインのカダケス国際ミニ版画展に2016-17と2年連続で入選しました。
国内では、日本版画協会展の準会員に選ばれ、銅版画伝来の地・南島原市のセミナリヨ現代版画展では、NBC長崎放送賞をいただきました。
(上の4作品は、2017年スペイン・カダケス国際ミニ版画展で入選した、Plant_es 5,6,7,9)
(下の4作品は、2016年スペイン・カダケス国際ミニ版画展で入選した、Plant_es 1〜4 ) ●鮮やかで躍動感ある作品を、ぜひ実物でご覧いただけたら…
- ぜひ、実物を多くの方々にご覧いただきたいのです。和紙の素朴で優しい風合い、煌びやかな顔料インクの発色、それらの相乗効果によって一段と引き立った、作品世界そのものを、是非実際にご覧ください。
「デジタル版画って、こんなに鮮やかで煌びやかな表現ができるんだね」
といった反応を、初めてご覧くださったほとんどの方々からいただきます。
そんなお言葉をいただくと、新しいジャンルを拡めることに関わっていると感じ、とても意欲がわくのです。